「あずさからのメッセージ」
是松いづみ(福岡市立百道浜小学校特別支援学級教諭)
『致知』2013年2月号
致知随想より
をご紹介します。
十数年前、障がいのある子がいじめに遭い、多数の子から殴ったり蹴られたりして亡くなるという痛ましい事件が起きました。それを知った時、私は障がい児を持った親として、また一人の教員として伝えていかなくてはならないことがあると強く感じました。そして平成14年に、担任する小学5年生の学級で初めて行ったのが「あずさからのメッセージ」という授業です。
梓は私の第三子でダウン症児として生まれました。梓が大きくなっていくまでの過程を子供たちへの質問も交えながら話していったところ、ぜひ自分たちにも見せてほしいと保護者から授業参観の要望がありました。以降、他の学級や学校などにもどんどん広まっていき、現在までに福岡市内60校以上で出前授業や講演会をする機会をいただきました。
梓が生まれたのは平成8年のことです。私たち夫婦はもともと障がい児施設でボランティアをしていたことから、我が子がダウン症であるという現実も割に早く受け止めることができました。
迷ったのは上の二人の子たちにどう知らせるかということです。
私は梓と息子、娘と4人でお風呂に入りながら「梓はダウン症で、これから先もずっと自分の名前も書けないかもしれない」と伝えました。
息子は黙って梓の顔を見つめていましたが、しばらくしてこんなことを言いました。
さあ、なんと言ったでしょう?という私の質問に、子供たちは「僕が代わりに書いてあげる」「私が教えてあげるから大丈夫」と口々に答えます。この問いかけによって、一人ひとりの持つ優しさがグッと引き出されるように感じます。
実際に息子が言ったのは次の言葉でした。
「こんなに可愛いっちゃもん。いてくれるだけでいいやん。なんもできんでいい」。
この言葉を紹介した瞬間、子供たちの障がいに対する認識が少し変化するように思います。自分が何かをしてあげなくちゃ、と考えていたのが、いやここにいてくれるだけでいいのだと価値観が揺さぶられるのでしょう。
さて次は上の娘の話です。
彼女が「将来はたくさんの子供が欲しい。もしかすると私も障がいのある子を産むかもしれないね」と言ってきたことがありました。
私は「もしそうだとしたらどうする?」と尋ねました。
ここで再び子供たちに質問です。さて娘はなんと答えたでしょう?
「どうしよう……私に育てられるかなぁ。お母さん助けてね」
子供たちの不安はどれも深刻です。しかし当の娘が言ったのは思いも掛けない言葉でした。
「そうだとしたら面白いね。だっていろいろな子がいたほうが楽しいから」
子供たちは一瞬「えっ?」と息を呑むような表情を見せます。
そうか、障がい児って面白いんだ──。いままでマイナスにばかり捉えていたものをプラスの存在として見られるようになるのです。
逆に私自身が子供たちから教わることもたくさんあります。授業の中で、梓が成長していくことに伴う「親としての喜びと不安」にはどんなものがあるかを挙げてもらうくだりがあります。
黒板を上下半分に分けて横線を引き、上半分に喜びを、下半分に不安に思われることを書き出していきます。
中学生になれば勉強が分からなくなって困るのではないか。やんちゃな子たちからいじめられるのではないか……。将来に対する不安が次々と挙げられる中、こんなことを口にした子がいました。
「先生、真ん中の線はいらないんじゃない?」。
理由を尋ねると
「だって勉強が分からなくても周りの人に教えてもらい、分かるようになればそれが喜びになる。意地悪をされても、その人の優しい面に触れれば喜びに変わるから」
これまで二つの感情を分けて考えていたことは果たしてよかったのだろうかと自分自身の教育観を大きく揺さぶられた出来事でした。
子供たちのほうでも授業を通して、それぞれに何かを感じてくれているようです。
「もし将来僕に障がいのある子が生まれたら、きょうの授業を思い出してしっかり育てていきます」と言った子。
「町で障がいのある人に出会ったら自分にできることはないか考えてみたい」と言う子。
「私の妹は実は障がい児学級に通っています。凄くわがままな妹で、喧嘩ばかりしていました。でもきょう家に帰ったら一緒に遊ぼうと思います」と打ち明けてくれた子。
その日の晩、ご家族の方から学校へ電話がありました。
「“お母さん、なんでこの子を産んだの?”と私はいつも責められてばかりでした。でもきょう、“梓ちゃんの授業を聞いて気持ちが変わったけん、ちょっとは優しくできるかもしれんよ”と、あの子が言ってくれたんです……」
涙ながらに話してくださるお母さんの声を聞きながら私も思わず胸がいっぱいになりました。
授業の最後に、私は決まって次の自作の詩を朗読します。
あなたの息子はあなたの娘は、
あなたの子どもになりたくて生まれてきました。
生意気な僕を
叱ってくれるから
無視した私を
諭してくれるから
(略)
おかあさん
ぼくのおかあさんになる準備をしてくれていたんだね
私のおかあさんになることがきまっていたんだね
だから、ぼくは、私は、
あなたの子どもになりたくて生まれてきました。
上の娘から夫との馴初めを尋ねられ、お互いに学生時代、障がい児施設でボランティアをしていたからと答えたところ、「あぁ、お母さんはずっと梓のお母さんになる準備をしていたんだね」と言ってくれたことがきっかけで生まれた詩でした。
昨年より私は特別支援学級の担任となりましたが、梓を育ててくる中で得た多くの学びが、いままさにここで生かされているように思います。
「お母さん、準備をしていたんだね」という娘の言葉が、より深く私の心に響いてきます。
※『致知』2013年2月号 致知随想より
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